HOME >> リフレクソロジーとは
皆さんは、『リフレクソロジー』(REFLEXOLOGY)という言葉を
聞いたことがあるでしょうか?
REFLEXOLOGY(リフレクソロジー)の言葉自体は、反射(REFLEX)と
〜学や〜論を表す言葉を作る時に使われる接尾語(OLOGY)をドッキングさせて
作った造語です。
直訳すると『反射学』という事になりますが、一般的には『反射療法』として認識されています。
リフレクソロジーは、中国、インド、エジプトなどにその起源を見ることが出来ます。
言葉や生活様式の異なるこれらの国には、古代文明が栄えており、それぞれの地域でリフレクソロジーの起源となるものが存在し、それぞれの地域で幾多の変化を遂げ、現代に受け継がれてきたのです。
まだ、人の行き来や、情報を伝える術がなかった時代に、同じように足や手を押すことで
身体の調子を整えることを古代の人々は、誰に教えられるわけでもなく経験から知っていたのでしょう。
リフレクソロジーの最も古い起源とされているものは、エジプトにあります。
エジプトのサッカラで、紀元前2230年の古代エジプトの当時の医師であるアントオマールの墓に足や手の平を揉んでいるかのような壁画が発見されており、壁画の上には、”汝、強く押すでない”と読み取れる象形文字も刻まれています。
このことから、すでに古代エジプトでは、足や手を押すことで身体に良い結果を及ぼすことを知っており、治療や痛みの緩和に利用していたと推察されます。
二千数百年前のインドで書かれた世界最古のヨーガの古典書の中には、リフレクソロジーに関する記載があると言われています。
インドの伝承医学『アーユルベーダ』にも、足にマッサージを施して毒素排出を促すなどの施術があり、また、人体図の描かれた『仏足跡』(お釈迦様の足型)もあり、これが
リフレクソロジーでいうところの反射区を表しているのでないかという説もあります。
中国には、5000年前の中国最古の医学書『黄帝内径』(こうていだいけい)の中に足ツボを刺激する『観趾法』(かんしほう)という治療法があったと記されています。
しかしながら、『黄帝内径』を記したとされる人物黄帝は、神話に出てくる架空の人物であるといわれており、真相は定かではありません。
その他にも、中国にはリフレクソロジーの起源ではないか?
といわれている『観趾法』について書かれた『華陀秘笈』(かだひきゅう)や、中国足心道(足の反射区を押すことで自然治癒力を向上させる療法)の礎(いしずえ)を築いたとされる中国の扁鵲(へんじゃく)などが起源とされていますが、仮説や架空の人物であるとの説もあり、一概にリフレクソロジーの起源はこれであると決定づけられるものは、存在しないようです。
日本にも現在のようにリフレクソロジーが広まる50年以上前に『平田式十ニ反応帯』を
提唱した『平田 内蔵吉(ひらた くらきち)』なる人物がいました。
彼は、身体の中に異常がある場合、異常のある場所に相応する皮膚上にも痛みなど何らかの異常が認められ、その部分に正確で適度な刺激を与えることにより、自然治癒すると言っていました。
彼は、日本ではじめて区帯理論(ゾーンセラピー)を実施した人物であり、
近代リフレクソロジーの生みの親であるアメリカ人医師フィッツジェラル博士にちなみ
『日本のフィッツジェラルド博士』と呼ばれています。
近代リフレクソロジーの基礎を築いた人こそ、フィッツジェラルド博士その人です。
20世紀初頭、当時、まだ麻酔技術が未発達だった為、手術中に激痛を訴える患者がほとんどだったのですが中には、それほど痛みを訴えない患者がいることに気付き注意深く観察することである発見をしました。
それは、それほど痛みを訴えない患者は一様にして、ベッドの梁や手術椅子の肘掛の部分に手や足を強く押し付けているという事でした。
このことから、身体の表面のある部分を押し付けることにより、他の部分の痛みを緩和することができるのでは、と考え研究に没頭しました。
そして、身体のある部分を刺激することにより痛みを緩和することはもとより内臓機能の回復を助け、完治させるに至るという事を解明したのです。
また、人間の手足が10本ずつあるという事に着目し身体を縦に10個のゾーンに分け、足や手を刺激すると同じゾーン内にある身体組織に影響を及ぼすということを研究し、体系化しました。
リフレクソロジーの前身である『ゾーンセラピー』(区対療法)の誕生です。
フィッツジェラルド氏が体系化したゾーンセラピーはその後、さらに研究が続けられ、
アメリカの理学療法士であったユニス・イングハム女史が、反射区と身体組織の相関図ともいうべき『フットチャート』を完成させました。
イングハム女史、この人こそが現在に至るリフレクソロジーの基礎を確立した人物にほかなりません。
そして、イングハム女史がリフレクソロジーの普及を推し進め、欧米中にリフレクソロジーは広がっていきました。
1960年には、彼女の教え子であるドリーン・ベイリー女史がリフレクソロジーをイギリスへ紹介し、また、ドイツのハンナ・マルカート女史は、イングハム女史の研究をさらに突きすすめそれまで以上に正確な反射区を捉えることに成功しました。
ドイツのマルカート女史は、アメリカのイングハム女史の研究を突き進めましたが、
彼女がリフレクソロジーを志したのは、ちょっとおもしろい理由からだったのです。
マルカート女史は、看護婦やマッサージセラピストの職についていました。
そんなある時、イングハム女史の『足は語る』という本に出会ったのでした。
マルカート女史は、その本に感銘を受けるどころか、
「足を刺激するだけで身体の不調が治ったりすることがあるのだろうか?
いいえ、到底信じられない!この本に書いてあることを覆そう!」
と思ったそうです。
しかし、調べれば調べるほど自分の思いとは裏腹な結果に驚き、リフレクソロジーの
世界に足を踏み入れることになったのです。
マルカート女史の情熱は、さらに熱くアメリカのイングハム女史に教えをこうために
渡米しさらに知識を深めていったのです。(その時、イングハム女史は、恩年80歳になっていたそうです。)
えー嘘だーと思っていたことが、自分の思いとは違う方向に向いたことでさらに興味を
引きつけられるという事はよくありますが、その情熱があってこそ現在のリフレクソロジーがあるのですね。
リフレクソロジーは、大きく分けて『東洋式』と『西洋式』の2つに分類されます。
『東洋式』は、主に中国や台湾で広まり、『西洋式』は、アメリカ・イギリス・
ヨーロッパなどで広まりました。
『東洋式』の施術は、主に指の関節や棒などの用具を使用し、加える力も強いため
痛みを伴うことがあります。多少の痛みで、身体の不調が緩和されるのであれば
それもまたいたし方なしと考えられているのでしょう。『良薬口に苦し』といった
東洋独特の考え方の表れともいえます。
『西洋式』の施術は、指の腹のみを使用し、非常にソフトなタッチで行われます。
西洋人は、お産時にも麻酔を用いることもあるように痛みに対し敏感だったり、
痛みは、ストレスになると考えられているため、なでるような感覚で施術されます。
どちらのリフレクソロジーも、それぞれが広まった地域の国民性や風習などに
よって様々な形式をとっているようです。
『東洋式』のリフレクソロジーは、『台湾式リフレクソロジー』・『中国式リフレクソロジー』などです。
1970年代に、台湾に在住していたスイス人神父ジョセフ・オイグスター(台湾名・呉若石)氏が自身の持病であるリウマチによる膝の関節痛を足を揉んで完治させたことから、台湾で足裏健康法が旋風を巻き起こしました。
神父様という事で協会には多くの人が訪れていたのでしょうね。
今まで膝をかばいながら説教をしていた神父様がある日突然、シャキッとして歩いていたら・・・。信者のみならず周りの人は、大変驚いたことでしょう。
台湾式リフレクソロジーは、神父の台湾名から『若石(じゃくいし)健康法』とも呼ばれています。
その後、リフレクソロジーは中国・シンガポール・マレーシアなどにも普及しました。
『西洋式』のリフレクソロジーは、『英国式リフレクソロジー』と呼ばれており、
施術・資格取得など今ではたいへんな人気となっています。
『英国式リフレクソロジー』は、東洋式では強すぎるし、西洋式では弱すぎて合わない
日本人のために、リフレクソロジーに魅せられた一人の日本人女性がこのように名前を付けました。
『英国式リフレクソロジー』は、施術の際もアロマオイルやパウダーを使ったり、ヒーリング効果の高いBGMを流すなど五感に働きかけながら施術を行います。
リフレクソロジーは、民間の資格なので、いくら施術を施し、たとえ施術を受ける側の悪いところが分かっても、例えば「胃が悪い」とか「腸の働きが良くない」というようなことを言うと診断行為を行ったとされ、法的に問題が生じます。
あくまでも、リフレクソロジーは、施術を受ける側の健康面においてのサポート的な存在なのです。
リフレクソロジーを施術してもらうことにより、身体の弱っている部分を認識し、どのように改善していくかのアドバイスを受け、それを実践しながら、自然治癒力を高めるための助けとして、リフレクソロジーは、存在しているのです。
リフレクソロジーは、『足裏マッサージ』と称されることが多く、足に施術するイメージが強く定着しているように感じますが、足のほかにも、
・ハンド・リフレクソロジー(手)
・イヤー・リフレクソロジー(耳)
・ヘッド・リフレクソロジー(頭)などがあります。
足に施術を施すのが一番効果的であるとされていますが、手の方が即効性があるといわれています。